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4 もくじ
36−46B
隆平と桜子
平安の都でおきた事件を 追う隆平と雪乃。
36へ
「隆平と桜子」前文へ
先頭に もくじ
隆平
平安の都におこった事件について調べている。
行平
隆平の兄
雪乃
隆平の家に仕える女性 隆平と事件について調べている。
綾乃
雪乃の姉
惟忠
隆平の屋敷に仕える爺や
薫子
美貌の女性
桜子薫子の妹
鬼丸
野性的な大男 剣術の達人
敏行
桜子に仕えている。隆平の友人
珠子
高貴な女性
基泰
有力一族の次期当主。珠子の兄
隆平と桜子
平安の都を流れる川に架かる朱い橋の下になにが?
先頭に もくじ
もくじ 隆平と桜子
36 葬る(ほうむる)
36B 都大路(みやこおおじ)
37 誘拐(ゆうかい)
37B 罪(つみ)
38 満開(まんかい)
38B 庭(にわ)
39 瞳(ひとみ)
39B 怯え(おびえ)
40 光(ひかり)
40B 風情(ふぜい)
41 装束(しょうぞく)
41B 牛車(ぎっしゃ)
42 大変(たいへん)
42B 弓(ゆみ)
43 証人(しょうにん)
43B 沙汰(さた)
44 無念(むねん)
44B 地面(じめん)
45B 命(いのち)
45 刀(かたな)
46 季節(きせつ)
46B 涙(なみだ)
前文 先頭
隆平と桜子
木村達也
36葬る(ほうむる)
「無実の罪を 着せて闇に 葬ることができます。」
「なるほど。さすが闇の部隊のやり方ですね。」
「何か他にも罠があるかもしれません。慎重に行動したほうがよいでしょう。」
「ありがとうございます、敏行殿。」
「それを 伝えに来ただけです。桜子様を大切に。」
「はい、敏行殿もお気をつけて・・・。」
「それではおいとまいたします。」
そう言うと、敏行は屋敷を 去って行きました。
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36B都大路(みやこおおじ)
隆平は桜子の屋敷に 向かいました。月の美しい夜でした。月はもうかなり 丸くなっていました。都大路には満開の桜の花が美しく 咲いています。桜子の屋敷は多くの桜の木に囲まれていました。
「桜子様・・・。」
「まあ、そのお声は隆平様・・・。」
「お話があって 参りました。」
「何でございましょう。どうぞおあがり下さい。」
「はい、失礼いたします。」
隆平が部屋に 入ると、いい香りが漂ってきました。お香が 焚いてあるようです。
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37誘拐(ゆうかい)
「何かありましたでしょうか。」
「はい、 実は珠子様誘拐のうわさがあります。」
「珠子さまの?」
「はい、情報源は闇の部隊だそうです。」
「闇の部隊が?」
「ええ、敏行殿がそうおっしゃっていました。」
「敏行様が?」
「ええ、ただし、罠かもしれないともおっしゃっていました。」
「罠ですか?」
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37B罪(つみ)
「ええ、珠子様誘拐の罪を、桜子様に 着せるつもりかもしれないと・・・。」
「まあ・・・。」
「桜子様・・・、鬼丸殿が珠子様を誘拐する計画があるのですか?」
「いいえ、そのような計画はありません。」
「そうですか。」
「薫子様はもう 亡くなっております。今更珠子様を誘拐してみても仕方がありません。」
「そうですか・・・。」
「ええ。」
「罠かもしれないので、しばらく出歩かないほうがいいかもしれません。」
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38満開(まんかい)
「そのようですね。」
「それでは失礼いたします。」
「まあ、ゆっくりして 行って下さい。」
桜子は屋敷の戸を 開けました。そこから庭の桜が見えました。桜の花はもう満開でした。 明るい月に 照らされて、桜の花は、しっとりと濡れていました。
「桜の花が満開ですね。この屋敷の桜はいかがですか?」
「ええ、とても美しいですね。」
「私の姉の薫子様は桜の花が好きでした。」
「はい、 存じております。」
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38B庭(にわ)
「今年も屋敷の庭に薫子様の好きな桜が咲きました。」
「桜子様も桜の花がお好きなのですか。」
「ええ、もちろん。名を桜子と 申すくらいです。」
「桜子様は、桜の花のような美しさですね。」
「まあ、お上手なこと。さすがは隆平様ですね。」
そう言う桜子の頬は、桜の花のように美しく上気しました。
「薫子様がお 亡くなりになって、お 寂しくはありませんか。」
隆平は、桜子の近くに寄ってそう言った。
「ええ、とても 寂しく感じます。」
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39瞳(ひとみ)
そう言う桜子の瞳から、涙があふれてきました。桜子は袖で涙をぬぐいました。桜子の袖からは、いい香りが漂ってきます。
「袖から、いい香りがします。」
「ええ、お香が入れてあるのです。」
隆平は、桜子の近くに寄ってみました。
「桜の花は香りがしませんが、桜子様からはよい香りがします。」
桜子の頬は、ますます桜色に美しく輝きました。
「隆平様・・・、今夜はお帰りにならないで下さい・・・。」
「え?」
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39B怯え(おびえ)
「何かに 狙われているようで、とても恐いのです。」
桜子様は、何かに 怯えているように見えました。
「鬼丸殿がいるではありませんか。」
「いいえ、隆平様にお近くにいてほしいのです。」
「私でよろしいのですか・・・。」
「ええ、ぜひ隆平様に・・・。」
桜子の瞳は濡れているように見えました。隆平は、しばらく考えました。その夜、隆平は、桜子の屋敷にとどまることにしました。天の月は 丸く満月に近くなっていました。庭の桜の木は月の光にしっとりと濡れていました。満開の桜の花が、夜の風にざわざわと 揺れました。
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40光(ひかり)
満月の夜が来ました。都の空には一際大きな 丸い月が輝いていました。隆平は、満月の夜に薫子様の亡霊が、都を流れる川に架かる朱色の橋に出るかもしれないと聞いていました。
隆平は、都大路を歩いて橋に 向かいました。雪乃も一緒です。この日はどうしてもついてくると言って 譲りません。
都大路の桜の花はもう 散り始めていました。
はらはらと 花びらが、風もないのに 落ちて行きます。 花びらはいくつもいくつも 数えられないくらい 散っています。 花びらは、満月の 明るい光に 照らされて輝きました。
「隆平様、桜の花がきれいですね。」
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40B風情(ふぜい)
「夜の桜というのも風情がありますね。」
「ええ、でも 花びらが 散っています。」
「もう、桜の季節も 終わりです。 短い間でしたね。」
「 寂しいものですね。」
「ええ、そうですね、」
隆平は、 散る桜に 過ぎ行く時の 寂しさを感じました。
隆平が朱色の橋に 近づきました。朱色の橋の横にも、桜並木がありました。桜の木の 花びらは、はらはらと 散っていました。音もなく、いくつもの 花びらが 散っていました。桜の木の 向こうには、大きな満月が輝いていました。桜の木は、月の光にしっとりと濡れていました。桜の 花びらは、 明るい光を 受けて輝きました。
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41装束(しょうぞく)
枝垂れ桜の下に、もう桜子と鬼丸は来ていました。二人は桜の下でお祈りをしていました。桜子と鬼丸の装束は満月の光にしっとり濡れていました。
「隆平様、いらして 下さったのですか。」
「ええ、満月の夜に薫子様の亡霊が出るかもしれないと聞きまして・・・。」
「そうでしたか・・・。」
桜子は、隆平の瞳をじっと 見つめました。隆平も、桜子の瞳を 見つめました。
満月の夜、都大路を馬で 駆ける者がいました。馬上で長い髪が 後ろになびきます。都を流れる川に架かる朱色の橋の近くで馬を 下りました。そして、満月に 照らされたその顔は、敏行でした。
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41B牛車(ぎっしゃ)
「敏行殿、どうしたのですか。あわてた様子ですね。」
「隆平殿、早く退散しましょう。ここにみんなが集まっているのは危険です。」
「なぜですか?」
「とにかく 急ぎましょう。罠にはめられるかもしれません。」
隆平には、よく意味が 飲み込めませんでした。
そのとき、豪華絢爛な黒塗りの牛車がゆっくりと 近づいてきました。
「あれはなんでしょう?」
隆平が、敏行に 尋ねました。
「あれは、まさか・・・。」
敏行はあわてて牛車に 近づき中を見ました。
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42大変(たいへん)
「これは大変なことになった。珠子様はきっと何もご存じなくて、 眠らされているだけなのでしょうが・・・。」
敏行は、そう言いました。隆平も走って 近づき中を見ました。
「これは、珠子様ではないでしょうか。 眠っておられますが・・・。」
「隆平殿、罠にはめられましたぞ。早く 逃げましょう。」
敏行は、落胆してそう言いました。
そのとき、 周りに人の気配がしました。
「どうやら、すでに囲まれているようですね。」
隆平は、 周りの気配に 気づいてそう言いました。
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42B弓(ゆみ)
「ええ、そのようです。」
敏行が答えました。
「隆平殿、敏行殿、鬼丸殿、桜子殿、雪乃殿ですな。」
馬に 乗った男が姿を 現しました。 周りはいつのまにか大勢の兵士で囲まれています。弓を 構えた兵士が 狙いをつけています。
「そうです。」
「 久しぶりですな、隆平殿。私は一族の次期当主、珠子の兄の基泰です。」
「隆平殿…。 彼らが闇の部隊ですか。」
「そのようにも 呼ばれております。」
基泰は、有力な一族の者で、しかも次期当主でした。
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43証人(しょうにん)
「それで、何用でございますか。」
「珠子を誘拐した罪で、そなたたちを朝廷に 訴えようと思います。」
「私共は誘拐などしておりません。」
「しかし、 現に珠子は牛車に 乗って、そこにおります。」
「・・・・・・。」
「これだけの証人がおります。 言い逃れはできませんぞ。なあ皆の者。」
「おう。」
お供の者が一斉に 叫びました。
「どうやら誘拐犯にされてしまったようですね。」
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43B沙汰(さた)
敏行が 悔しそうにそう言った。
「珠子は 返してもらいますぞ。朝廷からおって沙汰がありますでしょう。流罪か、死罪か 楽しみですな。」
朝廷をも、影で糸を 引いて、操っているのに 違いありません。
「聞きたいことがあります。」
隆平は、そう基泰に 向かって言いました。
「なんですかな。」
「薫子様を殺したのも闇の部隊ですか?」
「それは、なんとも答えられませんな。」
基泰はそう言って、 笑いました。
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44無念(むねん)
それを聞いて、鬼丸が刀に手をかけました。
「薫子様を 亡き者にされ、桜子様まで誘拐犯にされるとは、無念この 上ないことです。誘拐犯の汚名を 着せられれば、入内はかなわぬことでしょう。二人は力の 弱い貴族の娘とは言え、あまりにも不憫です。」
鬼丸はそう言いました。
「鬼丸殿、ここはこらえて下さい。刀を 抜けば一気に弓で 撃ってくるつもりです。多勢に無勢では、桜子殿や雪乃殿を 守りきれません。」
敏行がそう言うやいなや、弓矢が一筋、闇の中を走りました。
弓は、桜子の胸を 貫きました。
少しでも 逆らう素振りを 見せれば、それを理由に 初めから桜子を 撃つつもりだったのです。そうでなければ、闇の中、正確に桜子の胸を 貫けるはずがありません。
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44B地面(じめん)
桜子は、赤い血を流して、地面に 倒れました。天には満月が輝いていました。桜子の装束の袖は、満月の光にしっとり濡れているように見えました。はらはらと 散り落ちる桜の 花びらが、月の光に 照らされて輝きました。しばらくの間、時がとまったようでした。 「桜子様」
倒れた桜子に 気づいた雪乃が、大声で 叫びました。
「桜子様・・・。」
鬼丸が 叫びました。そして、桜子のことをじっと見ました。
「かくなる上は、 生きていても仕方のないこと・・・。」
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45刀(かたな)
鬼丸は、すらりと刀を 抜きました。
闇の部隊が、一斉に弓を鬼丸に 向けました。
「待ちなさい・・・。」
隆平が、鬼丸の前に 立ちはだかりました。
「基泰殿の家に 比べれば、私は力のない貴族ですが、 撃てるものならば 撃ってみて下さい。」
闇の部隊の弓部隊は一瞬たじろぎました。
「弓隊 下がりなさい。今、隆平殿を 撃つのは無益です。目的は 達しました。もう桜子様の入内はありません。 引き上げます。」
基泰がそう言いました。弓隊は、珠子の牛車を 引いて、一斉に 引き上げました。
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45B命(いのち)
「隆平殿の命はあずけておきます。またいつかお 会いすることがあるでしょう。色好みで有名な隆平様に誘拐されたとあれば、珠子の株は 上がります。天子様もどんなに魅力的な女性かとお思いになられるでしょう。」
そう言うと、基泰は 引き上げて行きました。
雪乃は、桜子の前で 泣いていました。鬼丸も敏行も桜子を 囲んでいました。
「桜子様・・・。」
雪乃が桜子に呼びかけます。
「・・・様・・・。」
かすかに、隆平の名前を 呼んでいるように 聞こえました。
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46季節(きせつ)
「桜子様・・・。」
隆平は、桜子に呼びかけました。
「隆平様・・・、桜の季節も 終わりですね・・・。花が 散っています。」
桜子が、かすかに言葉を 漏らします。
「ええ・・・。」
「私、隆平様にお 会いできて 幸せでした。 短い間でしたが・・・。」
「桜子様、私も 幸せでした。」
「また春が来て、桜の花が 咲いたら、私のことを 思い出していただけますか・・・。」
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46B涙(なみだ)
「ええ、もちろんです。」
「桜子は 幸せです・・・。」
そう言うと、桜子は 静かに目を 閉じました。
満月が、皆の装束を月の光でぬらしていました。それは、さながら月からこぼれた涙のようでした。はらはらと 散る桜の 花びらが、月の光に 照らされて、輝いています。それはさながら、桜の木からこぼれ 落ちる涙のようでした。
鬼丸が桜子の亡骸を背負って屋敷に 戻りました。桜子の葬儀はひっそりと 行われました。一族の者も鬼丸も敏行も雪乃も 泣いていました。隆平は何日も 泣き続けました。
幾日か 過ぎたあと、朝廷から沙汰がありました。隆平と敏行は、珠子誘拐の罪で、東国へ追放されるとのことでした。
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