お風呂に出る幽霊 もどる
1
お風呂に出る幽霊
ぼくは、学生のころ古い寮に住んでいました。その寮は近所の人たちから幽霊屋敷とよばれていました。戦前に建てられたその古い木造建築は、あちことが朽ちていまにも崩れ落ちそうでした。蔦がからまったその姿はいかにも幽霊が出そうな不気味な雰囲気をかもし出していました。
寮には大きなお風呂があります。10人くらいは一度に入れるお風呂で、寮の学生が交代でそこに入ります。夜になると、お風呂は学生でいっぱいになりました。
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1B
風呂の掃除は早朝におこないます。新入生は掃除のやりかたがわからないので、寮の先輩とふたりでやります。寮の先輩といっても、新入生のぼくはまだ寮にはいったばかりなので、知らない人ばかりでした。ぼくは風呂掃除当番表を見ました。そこにはやはり知らない先輩の名前が書いてありました。
「やはり、知らない名前だなあ・・・」
ぼくは不安になりました。しかし、風呂掃除のときは先輩のほうから新入生を迎えに行くことになっていると聞いて少し安心しました。
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2
それなら、部屋で待っていればよく、先輩をさがす必要がありません。何日かがすぎました。それでも寮は人数が多いので、その先輩がどの先輩なのかまだわかりませんでした。まあ、部屋で待っていればいいやと思いました。明日はいよいよ早朝に知らない先輩とふたりで風呂掃除です。寝坊して叱られないように早めに寝ておこうと思いました。ぼくは部屋の電気を消して寝ました。どのくらい時間が経ったのでしょうか。突然、部屋のドアをたたく音が聞こえます。ぼくはまだねぼけまなこでした。
「まずい、ねぼうしたのかな」
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2B
ぼくはぼんやりした頭でそう思いました。
「キムラくん、風呂掃除行くよ」
小さな声がドアのむこうから聞こえます。きっと寮の先輩に違いありません。
「すみません、ねぼうして・・・」
ぼくは、そう言ってとびおきました。まだあたりは真っ暗です。
「おかしいなあ、まだ真っ暗じゃないか。こんなに早くから風呂掃除ってするのかなあ・・・」
ぼくはすこし変に思いましたが、先輩の言うことは絶対です。ぼくはドアを開けました。そこには見たこともない先輩がいました。
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3
「先輩おはようございます」
「ああ、いくよ」
なんだか小さな声で存在感のない先輩でした。
背も小さく、なんだかひどく古い服を着ています。まるで戦争中の兵隊さんの服みたいだと思いました。でも、先輩になにかを質問するのは失礼にあたる気がして黙っていました。まわりは、まだ真っ暗です。寮はしんとして人気がありません。みんな寝静まっているようです。古い寮は本当に幽霊屋敷のようで、暗い中を歩くのはひどく不気味な感じがしました。
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3B
ときどき白いものがふわふわっととおりすぎたような気がしてびくっとします。先輩は怖くないのだろうかと思いました。いや、先輩は本当はおばけかもしれない。ふりむくとオオカミのような顔をしているかもしれない。いろいろな想像が頭をかけめぐり、だんだん怖くなってきます。
「じゃあ、やるよ」
先輩がブラシをもって、お風呂のなかに入っていきます、ぼくも、それについて入っていきました。先輩がお風呂の栓をぬくと、お湯がだんだん少なくなっていきます。ぼくは一生懸命ブラシでお風呂を磨きました。
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4
「お風呂に出る幽霊の話を知っているかい?」
「いいえ、知りません」
「日本人はお風呂好きでね。戦争でジャングルをかけめぐって戦っていると、お風呂に入りたいと思うんだ。死ぬ前に一度ゆっくり入ってみたいとね」
「そんなもんですか」
「ああ、ここは昔兵隊さんたちの寮として使われていたから。真夜中ときどき湯船に幽霊がつかっていることがあるよ」
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4B
ぼくは驚きました。
「え?そうなんですか」
「ああ、でもじゃましちゃいけないよ。悪い幽霊じゃあないんだ。お風呂くらいゆっくりつからせてあげればいいよ」
先輩はそう言って笑いました。そんなことを言っている間に風呂掃除は終わりました。べつに難しいことはなく、ただ風呂と床をブラシで磨いただけでした。まだあたりは真っ暗です。ちょっと早く掃除に来すぎたのではないかと思いました。
「ちょっと、暑くなったからそこの裏山に行かないか。涼しいよ」
先輩がそう言いました。外はまだ真っ暗です。たしかに風が吹いて涼しそうですが、とても怖い感じがしました。
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5
「いえ、先輩。もう疲れたから部屋に帰って寝ます。」
「そうか、残念だ」
先輩は寂しそうにそう言いました。ぼくはいっしょに行ってもいいかなという気持ちになりました。 「せ・・・」 先輩と言いかけたとき、先輩はもう消えていなくなっていました。
ぼくは、部屋に帰りました。そして、また寝ました。しばらくすると、また部屋のドアをたたく音がします。おきるとあたりは明るくなっていました。
「あれ?いつのまに明るくなったんだろう?」
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5B
ぼくはねぼけまなこで起きました。
「キムラくん、風呂掃除行くよ」
ドアの外から声がします。ぼくは不思議に思いました。風呂掃除ならさっき真っ暗ななかしたばかりです。ぼくはドアを開けて言いました。
「先輩、風呂掃除ならさっきやったじゃないですか」
そう言って、驚きました。さっきと違う先輩が立っています。
「今日、いっしょに掃除だよ。行くよ」
「あれ?でも」
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6
ぼくは不思議に思いながらついていきました。お風呂につくと先輩がなかに入っていきます。ぼくもいっしょについていきました。
「あれ?お風呂掃除がしてある・・・」
先輩がそうさけびました。やはり、さっき掃除したのは夢じゃなかったんだと思いました。
「このお風呂にはときどき幽霊が出るらしいんだ・・・」
先輩がそう言いました。
「ひょっとして昔の兵隊さんみたいな服を着た幽霊ですか?」
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6B
「よく知っているね」
「ええ、ぼくさっきいっしょに掃除しました」
「裏山へ行こうとか言われなかったかい?」
「ええ、言われましたけど・・・」
「行かなくてよかったね。帰ってこない新入生ときどきいるから・・・」
ぼくは驚きました。どうやらさっきの先輩はお風呂に出る幽霊だったようです。いっしょについていかなくてよかったと思いました。
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